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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)4229号 判決 1985年6月25日

原告

庄司雪江

被告

長谷川浩

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金四四二万九、一三一円およびこれに対する昭和五五年六月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五五年六月一九日午後五時五〇分頃

2  場所 大阪府高槻市唐崎町中三丁目三番二号先市道上

3  加害車 普通乗用自動車(神戸五六そ五一六号)

右運転者 被告

4  被害者 加害車助手席に同乗中の原告

5  態様 加害車は本件事故現場付近を左折しようとしたところ、南側より対向小型トラツクが進行してきたため、急に後退を開始し、道路標識に衝突。

二  責任原因

一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告は、加害車を後退させようとしたのであるから、後方を十分注意して後退させるべき注意義務があるのに、これを怠り、後方不注視のまま漫然と後退した過失により本件事故を発生させた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

頸椎捻挫

(二) 治療経過

入院

昭和五五年六月三〇日から同年七月八日まで

昭和五六年二月一六日から同月二三日まで

通院

昭和五五年六月二三日から同月二九日まで

昭和五五年七月九日から昭和五六年二月一五日まで

昭和五六年二月二四日から同年五月二一日まで

(三) 後遺症

原告は、本件事故による受傷のため、局部に神経症状を残して、昭和五六年五月二一日ごろ症状固定した。

2  治療関係費

(一) 治療費

昭和五五年六月二三日から昭和五六年五月二一日までの岡田外科病院における治療費として一五九万七、一一五円及び大阪医科大学附属病院における治療費六万三、七三五円。

(二) 入院雑費 一五万六、六三六円

(三) 通院交通費 三三万二、〇六〇円

但し、岡田外科及び大阪医科大学附属病院への通院交通費。

3  逸失利益

(一) 休業損害

原告は、事故当時、大東京火災海上保険(株)に勤務し、一か月平均一八万三、二二四円の収入(事故前三か月の平均賃金)を得ていたが、本件事故により昭和五五年六月二〇日から昭和五六年五月二一日まで休業を余儀なくされ、その間二〇三万八、六八八円の収入を失つた。(なお、昭和五五年七月及び同年八月度は大東京火災海上保険(株)より基本給一六万円が支払われているため、右金員は控除する。)

(二) 将来の逸失利益

原告は前記後遺障害のため、その労働能力を二年間にわたつて五%を喪失したものであるところ、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二〇万四、六三二円となる。

4  慰藉料 一五〇万円

但し、後遺障害慰藉料を除く。

四  損害の填補

原告は次のとおり支払を受けた。

1  自賠責保険金 一二〇万円

2  被告から三六万円

また、原告は自賠責より後遺障害分として七五万円を受領したが、右金員は原告の後遺障害慰藉料として充当する。

五  本訴請求

よつて、原告は被告に対し、後遺障害慰藉料を含めた六六四万二、八六六円の内金として請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一の1ないし4は認めるが、5は争う。

二は争う。事故は発生していなかつた。

三は不知。仮に事故が発生していたとしても、事故と原告の傷害との間に因果関係はない。

四は認める。

第四抗弁

一  過失相殺等

1  原告は、本件事故当時、加害車への搭乗が予定されていなかつたにもかかわらず、自らの判断で加害車に同乗し、被告に対し加害車の運転経路を具体的に指示していたのは原告であつて、原告自身、加害車の運行を支配していた。

2  仮に、原告に傷害が発生していたとすれば、事故後安静にすることなく夜遅くまで仕事や選挙活動をしていたために損害が拡大した点で過失があり、過失相殺されるべきである。

二  和解の成立

1  原・被告間では、昭和五六年四月三日、大阪地方裁判所における仮処分事件において、第一項に被告は原告に対し当面の生活費として三六万円を支払うとすることで和解が成立した。

2  右和解第二条項では、原告は直ちに大阪医科大学附属病院において原告の症状が本件事故に起因するかどうかの検査を受け、右検査の結果原告の症状が他覚的所見において本件事故に起因することが判明したときは、被告は原告に対する損害の賠償につき誠実に話し合う、と定められていたのに、原告は何らの検査を受けることなく、約三年を経過した昭和五九年三月一六日、突然池田簡易裁判所に調停を申し立て、これが不調となるや、本訴を提起した。

三  損害の填補

本件事故による損害については、原告が自認している分、すなわち、自賠責保険金として一九五万円、被告より三六万円以外に、見舞金名目で一三万円の合計金二四四万円を受領した。

第五抗弁に対する原告の答弁

一は否認する。

二の1は認め、2は不知。原・被告間の仮処分事件における和解は、とりあえずの生活費に関するものである。

三は認める。但し、見舞金名目での一三万円は、あくまでも見舞金として受領したものであつて、原告の損害に充当されるべきではない。

第六証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は当事者間に争いがなく、同5の事故の態様については、後記第二で認定するとおりである。

第二責任原因

不法行為責任

成立に争いのない乙第二、第六、第七号証、原告主張通りの写真であることに争いのない検甲第一、二号証、被告の主張通りの写真であることに争いのない検乙第一号証の一ないし四、証人島田ミサエの証言、原告及び被告本人尋問の結果(但し、いずれも後記措信しない部分を除く。)によれば、被告は事故当時、助手席に原告、後部座席に島田を同乗して選挙広報活動のため加害車を運転し、幅員六・四メートルの東西道路を西進して本件事故現場付近の交差点に至り、幅員二・八メートルの南北道路を南進すべく方向指示器をつけてゆつくりと左折を開始し、加害車の先頭部位が南北道路停止線に至つたときに、南北道路を北に向け進行してくる対向車を認め、これに道を譲るべく長さ四・二一メートル、幅一・六二メートル、高さ一・三六メートルの加害車を、人が歩く速度と同程度のゆつくりとした速度で約四メートル後退した際、左後方の駐車禁止等の標識ポールに衝突し、あたかも、路肩の縁石に車両が乗り上げて、そこから落ちるような衝撃とともに加害車は停止したこと、しかしながら、右の衝撃は、その衝撃のために加害車が停止したというものでもなく、助手席及び運転席に付属する枕カバーのついていない後部座席に同乗中の島田には全く傷害が発生しない程度のものであつたことが認められ、右認定に反する原・被告各本人尋問の結果は措信しえず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、被告は加害車を後退させるに際しては、後方を注視し、道路標識等に衝突させないように適切な運転操作をすべき注意義務があるのに、これを怠り後方を十分に注視せず、運転操作を適切にしなかつた過失により、加害車後部から約四メートル左後方に設置されていた道路標識ポールに加害車後部を衝突させたことが認められるのであるから、被告は民法七〇九条により本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

一  受傷、治療経過等

成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証の一、二、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第五号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証の一、二、第八号証の一、二、第一二号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第一八号証の一、二、第一九号証、乙第三号証の一、二、第四号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証の一ないし九、証人岡田宏の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和五五年六月二三日に岡田外科で診察を受けたが、そのときの医師に対する原告の訴えでは、本件事故態様については、乗用車の助手席に同乗中、乗用車が後退した際に電柱に衝突したとのことであつたこと、また、病状については、事故の翌日より頸から後頭部にかけての痛み、頭痛があつたことをそれぞれ訴えていたため、岡田医師は原告の傷病名を頸部症候群と診断したものの、岡田外科で頸部のX線検査を実施したところ異常なく、索引、湿熱療法、湿布、鎮痛消炎剤、自律神経安定剤の投薬治療のみを実施して初診当日は帰宅させたこと、ところが、原告は、同月三〇日に至つて腰痛も訴え、岡田医師に対し、静養のため入院したいと申し出たことから、同日、岡田外科に入院し、同年七月八日に岡田医師の勧めにより退院するまで主として精神を安定させることを目的に安静治療が行なわれ、右入院中の治療法をみると、ハイゼツト(更年期障害用剤)、セレナール(精神神経用剤)、メランタール(消炎鎮痛剤)、ブルフエン(消炎鎮痛剤)を投薬し、ネオラミン3B(混合ビタミン剤)などの栄養剤の注射、局所注射としてノイコリン(神経痛用剤)、キシロカイン(局所麻酔剤)を施術するとともに、索引、温熱療法による理学療法、湿布が行なわれていたこと、ところで、岡田外科では、特に外傷による患者に対してはその発生機序すなわち事故態様を重視しており、原告には腱反射の亢進(大阪医科大学の検査では異常なし。)以外に何らの他覚的所見もなく、昭和五五年七月三〇日に大阪医科大学整形外科へ紹介のうえ行なつた脳波検査等の諸検査でも他覚的には全く異常はなかつたものの、前記の如く、本件事故が電柱への衝突であるとの原告の訴え及び頭痛、頸部運動痛などの不定愁訴があつたことから退院後も通院治療を続けたが、医学的には、原告の自覚症状があまりに頑固であつて、頸部症候群以外の疾患が原告に存在するのではないかと疑つた岡田医師は、検査のために、再度原告を入院させ、昭和五六年二月一六日から同月二三日まで諸検査を続けたが、右検査結果からは何らの異常も発見されず、同年三月二六日には再度大阪医科大学脳神経外科に依頼して、CTスキヤン、脳脊髄液検査等の検査を実施したが、全て異常がなかつたこと、原告は、昭和五六年五月二一日に症状固定の診断を受けるまで岡田外科に通院したが、通院中の治療法には変化がなく、また、症状固定時における原告の症状に関する岡田医師の見解によれば、事故との関連及び予後の所見に関し、現在の自覚症状、すなわち、後頭部から側頭部へかけての頑固な頭痛、頸部緊張感、食慾減少は、事故以前にはなかつた症状であつたという原告の訴えに基づき、本件事故と原告の自覚症状との間に因果関係があるといわざるを得ないこと及び多分に精神的因子が関係していること、従つて、自覚症状の改善は見込が薄いとの見とおしであつたこと、岡田医師は一般外科が専門であつて、昭和五七年一〇月の腱反射検査では異常とはいえないが正常でもない結果がでているが、同日以前における腱反射検査でも異常があればカルテに記載するようにしているものの、右原告のカルテには腱反射について異常があつた旨の記載がないから、腱反射の異常は事故後相当期間を経過してのちの症状であるかもしれないとの認識であること、岡田医師は、通常、整形外科においては急性期における索引は禁忌とされているのに、初診時から索引を実施し、原告の主訴にもとづく症状を頸部症候群と把えて、専ら精神安定を目的として治療行為を行なつてきたこと、岡田医師の見解によれば、原告は、ホルモンのバランス失調による更年期障害が発症する年齢の女性であつて、右の事情が多分に頸部症候群にかかわりあいがあると判断し、原告の症状を多分に精神的因子が関係していると認定していたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、原告は本件事故により頸部症候群の傷害を受け、昭和五五年六月二三日に岡田外科へ通院して治療を受け、同月三〇日から同年七月八日までは岡田外科で入院治療を受けたことが認められるものの、右入院は、岡田医師に対し原告が静養のため入院したいとの希望を表明したことによるものであつて、何らの他覚所見もなく、嘔吐等の異常症状の認められない原告の頸部症候群の傷病からはその必要のないものと認められるから、本件事故とは因果関係になく、また、原告の症状のうち他覚症状と目される腱反射の亢進も、事故後相当期間経過後に発症した症状であつて、大阪医科大学の検査結果では異常がなかつたというのであるから、原告の症状は、全て自覚症状によるものと認められるところ、岡田医師によるも、原告には、多分に精神的因子がみられ、右の如き心因性による症状が原告の治療期間を長期化させたものと推認され、一般に、主訴を中心とした神経症状には相当期間の経過観察、治療を要することを考慮に入れても、その治療法、主訴に変化のない原告の治療経過を考慮すれば、遅くとも、受傷より六か月を経過した、昭和五五年一二月末には、原告の症状は、局部に神経症状を残して症状固定したものというべきである。

二  治療関係費

成立に争いのない甲第一号証の二、第二号証の二、第三号証の二、第四号証の二、第五号証の二、第六号証の二、第七号証の二によれば、原告は本件事故による受傷のため、岡田外科において、昭和五五年六月二三日から同年一二月三一日まで合計九九万三、五〇〇円の治療費(但し、同年六月三〇日から同年七月八日までの入院料はそのうち八万五、五〇〇円)、大阪医科大学附属病院において、同年七月三一日から同年九月三〇日までの間、検査料等で合計二万九、七九五円をそれぞれ要したことが認められるものの、原告の岡田外科における入院治療は、原告の静養のためであつて、右入院中の入院料は本件事故とは因果関係のない費用であるから、これを控除すると、本件事故と因果関係のある治療費は、合計九三万七、七九五円(但し、岡田外科における治療費は、合計九〇万八、〇〇〇円)というべく、原告主張のその余の治療費は、症状固定後の治療費であつて、本件事故と相当因果関係にない。

また、前記各証拠によれば、昭和五五年六月二三日から同年一二月末までの間、原告は岡田外科へ一二七日、大阪医科大学附属病院へ四日間それぞれ通院したことが認められ、全証拠によるも岡田外科への通院にタクシーを利用しなければならない必要性の認められない本件では弁論の全趣旨により認められる一往復バス代二二〇円を通院実日数日に乗ずると、原告の岡田外科への通院のために要した本件事故と因果関係にある交通費は、合計二万七、九四〇円、大阪医科大学附属病院への交通費は、合計八八〇円となり、原告主張の通院交通費のうち、右金員を超える分については、本件事故と相当因果関係にない。

また、原告主張の入院雑費は、その入院の必要性が認められない以上、本件事故と相当因果関係にない。

三  逸失利益

(一)  休業損害

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一ないし三、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、事故当時四六歳であつて、保険代理店となるために大東京火災(株)に研修生として勤務し、保険勧誘の仕事及び集金業務を行なつていたが、同社から一か月基本給八万円、販売手当が昭和五五年三月から五月支給分の一か月平均支給額四万八、二〇八円、補給金が同じく三万一、七九二円、集金手数料が同じく五八三円(円未満切捨て。以下同じ。)、口座手数料が同じく八一〇円であるところ、原告の同社における研修期間は昭和五五年八月末までの予定であつて、同年九月以降は同社の代理店経営者となる予定であつたこと、同年七月及び八月分は同社より基本給のみは支給されていたこと、同社における給与支給方法は、月末に前月分の手当が支給される方法が採られていたことが認められる本件では、昭和五五年八月末までの原告の休業損害は、販売手当、補給金、集金手数料のみと認められ、そうすると、右期間までの休業損害は、合計一六万一、一六六円となる。次に、昭和五五年九月から同年一二月までの休業損害をみると、原告は昭和五五年九月以降保険代理店として稼働することが確実であつたことの認められる本件では、経費等を控除した原告の月収を一か月平均一五万七、二五〇円(昭和五五年度原告と同年代女子労働者産業規模計、学歴計平均賃金)とすべきところ、前記認定の原告の職務内容、受傷の部位、程度、治療内容並びに本件事故態様等の諸事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係にある昭和五五年九月から同年一二月までの休業損害としては、全期間にわたり、その七割をもつてするのを相当と考えられ、そうすると、右期間における原告の休業損害は、四四万〇、三〇〇円となる。右金員を超える分は本件事故と相当因果関係にない。

(二)  将来の逸失利益

前記認定の原告の収入、受傷並びに後遺障害の部位程度によれば、原告は前記後遺障害のため、昭和五六年一月から少なくとも一年間、その労働能力を五%喪失したものと認められるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、八万九、八二一円となる。

計算式

188万7,000円×0.05×0.952=8万9,821円

四  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、その他諸般の事情(但し、後記第四認定の事情を除く。)を考えあわせると、原告の慰藉料額は九六万円とするのが相当であると認められる。

第四過失相殺等

被告主張のうち、原告に損害拡大につき過失があつたとする点は、前記第三の一認定の治療経過から、これを採用することはできない。

ところで、原告には加害車の運行支配が認められるから、少なくとも、原告の損害額算定にあたり考慮すべき旨主張するので判断するに、証人島田ミサエの証言、原告及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、選挙広報活動車のアルバイト運転手として事故当日に雇われ、自民党高槻支部の立案した運転日程に基づいて自由新報宣伝車である加害車を運転して後、再度、選挙広報活動のため午後五時から、助手席に原告を乗せ、後部座席に島田を同乗させて、衆議院議員立候補者選挙事務所を出発し、地域の地理に詳しい原告が道順を指示して案内し、被告は原告の指示に基づき加害車を運行していたにすぎないこと、原告は、ウグイス嬢として広報活動もしながら、東西道路から幅員二・八メートルの南北道路へ左折進行することを命じ、被告は右指示に従つて左折を始めたときに対向車を認め、南北道路の幅員は狭く、右対向車とすれ違うことができない狭路であつたことから、右対向車を先に通過させるべく加害車を後退させた際に本件事故を発生させたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、原告を加害車の共同運行供用者とまではいいえないものの、加害車の具体的運行状況をみると、原告は、地域の地理に詳しくない被告に対し、狭路を進行するように指示し、その指示に従つて左折進行しようとしたところ、対向車が対向進行してきたため、狭路での対向進行ができなかつたから、これに道を譲るべく後退した際に発生したというのであるから、道順を案内する役目も負う原告としては、法律上、下車したうえ誘導すべき注意義務までは求められないまでも、被告に対し、後退する際の障害物の存在について注意を与え、加害車左側面の安全を確認し、これに助言を与えるべきであつたものというべきであるから、不法行為制度における損害の公平な分担という理念に照せば、右の如き事由は慰藉料斟酌事由として考慮されるべきであつて、前記認定の原告の通常算出される慰藉料額から二割を控除するのが相当である。そうすると、被告に請求しうる慰藉料額は七六万八、〇〇〇円となる。

第五和解の効力

一  原・被告間では、昭和五六年四月三日、大阪地方裁判所における仮処分事件において、被告は原告に対し当面の生活費として三六万円を支払うことで和解が成立したことは、当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、抗弁二の2の事実を認めることができる。

二  右事実によれば、本件和解内容は、その第一項において、被告は原告に対し当面の生活費として三六万円を支払うというのであるから、原告に生じた本件事故による損害金の一部支払いの条項であることが明らかであるうえ、その第二項では、原・被告間で原告に対する損害の賠償につき誠実に話し合うための前提として、原告は直ちに大阪医科大学附属病院において検査を受け、原告に他覚的所見のあることを要するものであつて、右いずれにおいても原告の被告に対する損害賠償請求権の全部について和解がなされたものとはいえないことは明らかであるから、被告の右抗弁主張は採用しない。

第六損害の填補

原告は自賠責保険金として一九五万円、被告より三五万円、見舞金名目で一三万円の合計二四四万円を受領したことは、当事者間に争いがない。

原告は、右のうち一三万円については、あくまでも見舞金であつて、損害賠償金でない旨主張するので判断するに、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は訴外鈴木から一三万円を受領したこと、右金員の支払当時、訴外鈴木は高槻市から選出された自民党大阪府議であつて、自民党高槻支部の幹部であつたことが認められ、右事実及び前記第二及び第四認定事実、すなわち、被告が加害車を運転していたのは衆議院議員の選挙に際して自民党員の立候補者の選挙広報活動のためであつて、加害車も自由新報宣伝車であつたことから判断すると、自民党大阪府連が加害車の運行供用者であつたものと認められること並びに訴外鈴木の交付した金額を総額すると、右金員は賠償金と認めるのが相当である。

そうすると、原告の本件事故に基づく損害総額二四二万五、九〇二円から填補額二四四万円を差引くと、原告が被告に請求しうる金員はない。

第七結論

右によれば、原告の本訴請求は理由がないから棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井良和)

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